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671-680

671 仰向けに近きあやなしアモローゾ 672 乙女座にDear曇りのち飴と無為 673 交差する月と前夜の後日譚 674 第三接触を不幸で遊ぶお転婆や 675 他者に似る記憶色素が目に染みる 676 夏うつつ妹系の嘘を呼ぶ 677 無垢の子や皿にたおれる死を生きる 678 無限円…

はてなブログで日付を非表示にする

図書館ブログで日付とか関係ないから非表示にできないかなと思って調べたらすぐ出てきた。 はてなブログProから記事の日付の表示を消すことができますか? … - 人力検索はてな .date { display: none; } 管理画面>デザイン>カスタマイズと辿っていって、一…

図書館ごっこ

はてなブログは一つのアカウントで三つまでブログをつくれるようなので、思いつきで図書館をつくりました。気が向いたら随時追加していきます。

しばし休憩を。

なんか疲れてきた。というのも毎日3時4時くらいまで起きてて朝は8時過ぎに家を出るみたいなことを先週一週間やってたから当たり前と言えば当たり前なんだけど、何でそんなことをやっていたかというと運命と一体化するということの実践ですね。視野を極端…

661-670

661 愛に触れ法に触れする真実を 662 移りゆく季節はずれの真実へ 663 ベルリンの羽根が架空に憧れる 664 ねむりから最後の夜が落ちてゆく 665 泡を抱くほどに小さきミルクかな 666 傷口が十字架の逆思い出す 667 恋人は世界最後の夜でした 668 ハピネスとそ…

天国の在り処

立ち止まりなさい、あなたはどこに向かって走ってゆくのか。天国はあなたの中にある。他の場所に神を求めれば、あなたは永遠に神を見失ってしまう。 (『シレジウス瞑想詩集(上)*1』第一章/アンゲルス・シレジウス/植田重雄・加藤智見訳/岩波書店/1992…

『絶対わかる量子力学』

さっそく量子論の本*1を読んだ。「絶対わかる」なんて表紙に書いてあるくらいだから初心者用かもしくは一般向けの概説かと思ったらそんなことはなくてさっぱり分からなかった。それでも文章量は少なくて簡単に説明しているようだったので一応通読した。おそ…

651-660

651 依存する体温で問うひとりごと 652 基準値の迷い硝子をあの場所に 653 左眼の迷宮庭園でふたりきり 654 言語的両性具有のあいらびゅー 655 ハート室少女のままを保存する 656 不協和の心の秘密も召し上がれ 657 謎術が暗号解読に乗り出す 658 天使との秘…

ゲーム理論から量子論へ

今週はずっとゲーム理論の本を読んでいたけど*1、興味が日に日に量子論へと移ってきたので今日でやめる。じっくり読んでいたら第5章の途中までしか進まなかった。全13章の半分以下だ。応用まで進めなかった。オークションの話が一番身近でおもしろかった…

ゲーム理論

最近は運命と一体化できている。何かしらおもちゃがあればそれに夢中になってればいいだけだから楽である。最近は数学とか科学とかそういう方面に興味があるのだけど、とりあえず今はゲーム理論の本*1を読んでいる。しばらくはおもちゃが尽きなさそうで安心…

641-650

641 やすらぎの繭の下から薔薇世界 642 構築が夜の深層美学かな 643 シャンデリア巨大蜘蛛なる天空へ 644 双極的世界に熱が浮上する 645 宙吊りの戯画よろこびの業火燃ゆ 646 触媒に巣食う気泡に眠りこむ 647 無機物のひつじ神秘の海をゆく 648 葉隠に概念遺…

山尾悠子 著作リスト

○単行本 『夢の棲む街』 早川書房 1978年 → 『山尾悠子作品集成』に収録 『仮面物語――或は鏡の王国の記』 徳間書店 1980年2月29日(2刷1980年6月15日) 『オットーと魔術師』 集英社 1980年8月15日(2刷1982年7月25日) 『角砂糖の日』(歌集) 深夜叢書社 1…

Naxos Music Library

ナクソス・ミュージック・ライブラリー (NML) は、クラシックを中心とする膨大な音源が聴き放題の、定額制インターネット音楽配信サイトです。非会員でも全曲無料試聴が可能。月額1,800円(+税)で会員登録をすると、全てをノーカットで聴けます。専用アプ…

作者

4・13 〔身体という〕この密な接合の中に入った自己、それを見い出し、それに目覚めている人、彼は、一切の作者である。なぜなら、彼は一切を作るものであるから。世界は彼のものであり、彼は世界そのものである。 (ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド …

631-640

631 朝が降る箱庭街に蓋をする 632 病みつきが絶望化女の舌を飼う 633 陽の光よくある地獄会を閉ず 634 夏が咲くアナザー桜の夢ひとつ 635 蜜百合が絶対王政に死をねだる 636 開花なき花泣く中で揺れる朝 637 奇瑞なる光としての水が落つ 638 空蝉が半透明を…

穴埋め問題

「——閣下、地上の楽園とはこの広大な世界のなかにただひとつ存在する、自然が全く誤りを犯さなかった小さな場所です。それは神が生きながら埋められる前に創造した、最後にして最高の作品です。それは全ての罪と全ての栄光を受け入れ、それらを少しずつ永遠…

デジカメと物欲

深夜徘徊のお供にデジカメが欲しいと思って調べたらRICOH GRが評判が良いみたいだ。だけどちょっと高いなあ。手に入れたら錯乱的な写真を撮影しようと思う。錯乱的な俳句と詩と組み合わせるのも良いかもなんて空想している。*1 最近は物欲が際限なく湧き出て…

621-630

621 初雪が初恋溶かし冬来たる 622 深海を時計に伏せて遅るる日 623 雪ひわず初夏借りきても真白きや 624 球体の若葉ただれし後の世も 625 人魚歯す師走サンタへ鬼ごっこ 626 天窓の開く天から水を垂る 627 忘日の某忌み月の階段を 628 錯覚の鶴黄泉返す白昼…

夜魔法

まさかの中途覚醒をやってしまった。しかたがないからこの夜に魔法をかけてあげましょう。どんな魔法がいいかな。

やぼよりましだ

かくなるうえは とことん うそぶくばかりだ いばってもいい くるってもいい やぼよりましだ と (矢川澄子『行余りのソネット』より) 最近は早く寝よう早く寝ようとそのことばかり思っているのだけれどこれが意外と難しい。目標としては20時就寝6時起床の10…

偽物の夜

今日は仕事をさっさと終わらせてプラネタリウムバーに行くつもりだった。気分転換にでもなればいいかと思ったからだ。暗闇とすこしの光がぼくのくだらないエゴを霧消してくれると思ったのだ。 「おまえは光を目撃するだけの視覚であり、それ以外の何物でもな…

ふたつだけ

4・2 それは恐れた。単独でいる時に人は恐れる。そこで、それは考えた——「わたしと別のものが存在しないのに、わたしは何を恐れるのか?」と。まさに、それから、それの恐怖は消え失せた。実にそれは何を恐れるべきであったのであろうか? 恐怖は、まことに…

611-620

611 瑠璃色を子猫結びに花す揺れ 612 存在が揺らぐ少女の天使二号 613 神国に魔女遡る日は大和撫子 614 愛情は演じる夜のスタイルへ 615 悪趣味の共食いを狩るカリスマ師 616 最初期は弱者独裁の孤独なり 617 あらあなた人間未遂の方かしら 618 恋のぼり空の…

601-610

601 首吊りがちいさな愛のアムネジア 602 静けさがうなる初夏には孤独休みを 603 いたいけな他人時代をやり過ごす 604 リリカルな思い出半を全否定 605 窓越しに水面星座を流転する 606 永劫が夜をたどって弓をひく 607 あのときの欠片がひとつ、あなたです …

1974年

現代詩手帖の1974年4月号が届いた。ここでもお目当ては加藤郁乎。「霊的言語」なる文章を寄稿していることを知ってしまっては見逃すことができなかった。そしてまた積みあがる本の塔。どこかに読書週間を設けて嵩を減らしていくことにする。

1977年

現代俳句全集の第一巻が届いた。1977年9月5日第1刷発行。赤尾兜子/飯田龍太/石原八束/上村占魚/加藤郁乎/角川源義を収録。帯に「現代文学の前進を担う一分野として草田男・波郷・楸邨・三鬼以後の現代俳句の成果を問うアンソロジー。初期から現在に至る…

591-600

591 花姫が散る天使城の人見知り 592 いたずらの祈り未満を叶える 593 からだとかこころだらけだここはどこ 594 神の子はウイルス入りの双子だよ 595 存在の地下世界から挨拶を 596 七色のまぼろしが凪ぐ冬の空 597 ヤミネコが泣く左手の薬指 598 狂人と窓し…

581-590

581 挿絵から殺されるまで詩人する 582 かくれんぼかわいげのない青つくる 583 思い出は忘れるからね灰してね 584 暗闇で泣く夜明けから光だよ 585 夜明けまでずっとを果たす自己麻酔 586 ネガってもどうせを開く朝が来る 587 一度目のすべてのきみが答えだ…

571-580

571 折り鶴がしあわせこめてすれ違う 572 夢を摘むかわいい悪事の凡人や 573 暗号を月の心の点滅へ 574 またあした好きなふりして好きになる 575 白うさぎ星の眩暈の過去に住む 576 思い出に愛と祈りを投げ入れる 577 ひとしずく光はずっと道の上 578 信じれ…

561-570

561 矢を放つ真っ赤な呪文を忍ばせて 562 落下する海から蝶が翅散らす 563 網を断つ退屈の眼の不眠症 564 予知夢その不眠症までわたしする 565 口笛の三度を下げて呪詛とどけ 566 窒息がはじまりの歌口ずさむ 567 一滴のハートレスキューを目論む 568 メイビ…

絶対俳句宣言

絶対俳句とは、俳句独自の魅力だけで成立しうる俳句である。十七音前後の言葉のつらなりから意味を抜き去ったあとになにかが残るのなら、それは純粋に俳句としての魅力といえるだろう。意味は他の形式に転用することが可能である。だがその句に備わった魅力…

孤独者

世界にはぼくという孤独がひとりいるだけだった。人なんてどこにもいなかった。ぼく自身もそれは例外ではない。人ではなかった。単なる孤独なのであった。 「人生は動き回る影に過ぎぬのだ。」とシェイクスピアがマクベスに言わせていたが、つまり人生とは見…

常識ゾンビ

「そらご覧なさい、君達があんまり無理を云ふもんだから、僕は此の通り氣違ひになつたぜ。噓ぢやない、ほんたうに氣が違つちまつたんだ!」 かう云つて、泣きツ面をして、検査の當日に暴れ込んでやりたい。 (「恐怖」/谷崎潤一郎全集 第二巻/谷崎潤一郎/…

「いつまでも、一緒の世界に、あたしたちはいるのよ」

ステーシーを再読した。 ステーシーを買い換えるごとに”詠子”という名を付けるのはいささか考えものだなと思うのだが、結局渋川はいつも買い物に詠子と名前を付けた。 (ステーシー/大槻ケンヂ/角川書店/1997.7.25) 次から次へと新鮮な”詠子”に乗り換え…

皇帝

運命の下をさまよっている人間が、運命の上を歩んでいるぼくの目の前に現れるとき、ぼくはそれを排除しなければならない。この運命の中ではぼくが皇帝なのだ。それを忘れてはならない。爛れた凡俗にぼくの運命を汚させはしない。

小さな夜の曲と星空写真

モーツァルトのアイネクライネ*1を聴きながらきれいな星空の本*2を読んだ。すごくマッチする。聴けば聴くほど夜空に合うなあ。第2楽章のヴァイオリンが特にやさしくて綺麗だ。しばらく聴こうと思う。 *1:モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク(カ…

奇跡

奇跡を見ている。誰もそれを奇跡だと認識していないけれど、それもまた奇跡の一部だ。

世界の終わり?

世界が終わらないかなって考える。明日の天気を気にするくらいの気安さで。 いや、実はもうとっくに終わっていて、ぼくが追いついていないだけなのは知っている。過去と未来は現在と同時に存在しているのだ。縦と横と高さが同時に存在しているように。 だけ…

運命をつくる

いけない。このままでは生活にとり殺されてしまう。運命を生きなければ。そして運命をつくるのだ。

メロディ

言葉に魔法をかけるにはメロディという方法もあるよ。

神さまになる

偽物の神さまになって、本物がいないことを証明しよう。

どうせ

わたしはどうせ生まれてしまったよ

自由の証明

すべては運命によって決まっているがゆえにぼくは未来を知らない。ぼくが作る未来ではないからだ。そして運命はぼくの意思を一切反映しない。だからぼくは何も選ぶことができない。だが、その選択の余地のなさがぼくの自由なのだ。 それを感じるのが俳句だ。…

第四夜

金縛りにあった夢を見た。 最近は夢をはっきり覚えていないことが多くて、明晰夢を見るための意識も薄れてきた。夜に期待をかける日中の過ごし方ができていないという方が当たっているかもしれない。なんにせよ、明晰夢にリソースを振り分けるための心理的余…

決まっているだけ

ぼくがもう助からないことは確実である。ただしそれも、ぼくが悪いせいで引き起こされる悲劇ではないと確信することによって無意味化される。善くも悪くもない。ただぼくが助からないだけだ。そう決まっているだけなのだ。

慣れ

現実をフィクションとして受け取ることに慣れてきた。 ——こうして文章を書いているぼくはいわゆる自我である。そしてこれを書きたいと思っているのは自我ではない。書きたいと思わせられているのが自我である。分かりやすいのが気分で、自我にはどうすること…

運命という密室にて

ぼくが話す言葉はいずれにしろ誰にも届かない。どれだけ思いを込めても、どれだけ巧妙に話したとしても届かない。誰にも届かないから密室なのだ。密室に反響するのが主観的に悲鳴でなくなったところで結局のところ悲鳴にしか聞こえない。ただしそれを聞いて…

戦争を知らないぼくたち

戦争を知らないことが悪いのなら戦争を始めたらいい。戦争が終わってよかったと思うのなら戦争を知らない子供が増えることを喜べ。そうでなくてはおかしいだろう。

密室は夢をみる

意味深なキャッチコピーを思いつくことがある。今日の場合、タイトルの「密室は夢をみる」がそうだ。 いつもちゃんと意味があるのだけれど、それを魅力的に提示するためのストーリーをぼくはまだ作れないでいる。今回に限ればブログタイトルである「悲鳴は密…

思いつき

ふと思ったのだけど、ニーチェの発狂はひとつのゴールだったのではないか。ニーチェという運命がこれ以上進めない到達点が「この人を見よ」だったのではないか。 証明可能な命題ではないので、深く考えず、単にニーチェという人物に向けるぼくの勝手なまなざ…