詩は生きることであり、個とは表現である。

やがてわが二十三歳の冬、家産の没落を告げて、遊学の費は絶えた。働きながら学業を続けよう意慾は、すでに大学の講義から得るものを失つてゐたので、何んの未練もなく絶ちきつた。明日から私は何をして自活しようか思ひ当たらなかつた。《ようし! 詩を書かう。一生一度の生だ、自己を悔なく生き切るために》と私は絶叫した。この誓約は何等、生計を助けるに役立つものではなかつたが、いまだに悔いない。生死の外に問題なく、詩は生きることであり、個とは表現であることを見出して、後年を裏書きした。

(「海の思想」『吉田一穂詩集*1』/加藤郁乎編/岩波書店/2004.5.18)

  言うだけなら誰でも言えるだろう。だけど彼はやり遂げてしまった。本当に詩人として無二のものを残して最後まで生き切った。収入のあてのない状態で、労働に頼ることなく詩で生きていくという決意には並々ならぬものがあったに違いない。一穂詩における語の鋭さ・力強さは明らかにこの覚悟から生じている。

「詩は生きることであり、個とは表現である。」

 覚悟さえあればその通り生きれるのだ。生活に殺されることを望まないならば、すでに物語になった人物を読んで自己の物語化に自覚的にならなければならない。

*1:

吉田一穂詩集 (岩波文庫)

吉田一穂詩集 (岩波文庫)