ダダとシュルレアリスム

 ダダに興味を持ってすぐにシュルレアリスムとは違うこと*1はすぐにわかったのだけど、ではどう違うのか?という部分をうまく説明できることばを見つけることができずにいた。

 きのう、半年ぶりくらいに『ムッシュー・アンチピリンの宣言——ダダ宣言集*2』を読んでいたら、訳者解説のなかにブルトン*3についての何気ない記述を発見した。

彼の関心の対象は「無意味」よりはむしろ「無意識」のほうであり、

 まさにこれがダダとシュルレアリスムの違いだと腑に落ちた。ダダイストが「無意味」の黴菌を撒き散らすのに対して、シュルレアリストは「無意識」を目指して狂人とともに船出するというわけだ。いやもちろん、それはそれぞれ著作にもわかりやすく書いてある*4のだから知ってはいたし、それ自体特別おどろく話でもないのだが、なぜかそれを対比して考えるということに気がつかなかった。詩でも絵画でも通常は理性において鑑賞する。理性による解釈で評価が決定する。だが「無意味」も「無意識」も理性の介入を避けている。だからこんなに印象が似かよっていたのだ。おそらくシュルレアリスムが形になるまでは当人たちでさえはっきりと違いを理解していなかっただろう。

 人としてならぼくはやっぱりブルトンよりツァラの方が好きなのだけど、人がする活動において目的が「無意味」であるというのは致命的で、それゆえダダは短命であった。意味がないということに人は耐えられないのだ。

 一方で、シュルレアリスムが目指す「無意識」の領域、そしてそれが生んだ多くの作品群も捨てがたい。ダダとシュルレアリスム、この二つを矛盾なく統合できたらいいのになと思う。*5

*1:名称や規模、拠点や参加者等表面上の違いではなく本質として別物であること。

*2: 

ムッシュー・アンチピリンの宣言―ダダ宣言集 (光文社古典新訳文庫)

ムッシュー・アンチピリンの宣言―ダダ宣言集 (光文社古典新訳文庫)

 

*3:シュルレアリスム(超現実主義)を提唱したフランスの詩人アンドレ・ブルトンのこと。ダダ創始者のトリスタン・ツァラをパリで迎えてダダ運動に参加した。チューリッヒから各地に飛び火したダダ運動は、第一次大戦後、ツァラが活動拠点をパリに移してまもなく絶頂を迎えたが、やがてツァラとブルトンの思想のずれが顕在化する。その影響でダダは急速に終息していき、ブルトンシュルレアリスム運動を開始する。

*4:「☞DADAは何も意味しない」(ツァラ「ダダ宣言1918」)、「シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象であり、それに基づいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の動きを表現することを目指す。理性による一切の統制を取り除き、美学的または道徳的などんな気遣いからも離れた思考の口述筆記。」(ブルトンシュルレアリスム宣言」)

*5:もしすでにあったら教えていただきたい。シュルレアリストが老いて権威化したあとで、それに反発してシチュアシオニスム(状況主義)が発生したのは知っているが、その目的・思想が、創始者ギー・ドゥボールの代表作『スペクタクルの社会』を読んでも理解できなかった。ドゥボールとともに活動したシチュアシオニストであるラウル・ヴァネーゲムの『若者用処世術概論』も読みたいのだが、これは未だ邦訳がないため、どなたか翻訳をお願いします。

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