悪の哲学
レフ・シェストフの『悪の哲学』*1がのらねこ本*2だったのでメモ。
この本でロシアの哲学者シェストフは、ドストエフスキーとニーチェが辿ってきた人生や著書を元に彼らの思想を論じている。両名には、人生の前半において一定の成功を収めつつ順調なスタートを切り、その後ある時期を境にそれまでの自己の信念を覆す思想(地下生活者の思想)を持つようになるという共通点があった。ドストエフスキーはおそらく晩年に至っても前半生の思想と後半生の思想とのあいだで引き裂かれたままだったが、ニーチェは地下生活者の思想を自らのものとし、以前の自己の思想につながるものを片端から糾弾した。地下生活者の思想というのは、簡単に言うとエゴイズムであり、本書でも度々引用されている、ドストエフスキー『地下室の手記』*3の
「世の中が消えてなくなるか、それとも、私が、お茶を飲まずにいるか? 私は、世界が消えてなくなってもいいと言いたい。ただ、私がお茶を飲んでいられるのなら……」
という価値観のことである。
「私」がいなければ世界などありえないのだということに一度気づいてしまったら、道徳も科学も宗教も思想もただの玩具に過ぎないことが露見してしまう。信じるに値するものがどこにもなかったのを知った後にまだ生が余ってしまっているような悲劇の人間にかかれば、上に引用したような表現でさえ誇張なく用いることができる。そのような人間にとって世界など知ったことではないのだ。彼にとってあらゆるすべてが彼の上に生じたイミテーションでしかない。一点の曇りもなく心からそう思っているのである。そうでないとしたら「私」が退場した後、世界は一体どこにあるというのだろう?
ドストエフスキーは代表作があまりに長いので敬遠してほとんど読んでなかった*4が、「まんがで読破シリーズ」にあった彼の小説*5をたまたま直前に読んでいたおかげで、キリーロフやラスコーリニコフなどやたらと引き合いに出されるキャラも半分くらいはわかった。語られている人物の心理をひとつひとつ展示するようなシェストフの書き方のおかげで、ドストエフスキー作品のドラマチックさの秘密を少し覗けた気がした。シェストフ自身も悲劇的な語りにかけてはなかなか魅力的だった。
*1:
*2:のらねこ本とは、下記で述べたようなのらねこの生きざまに近似する思想に類する本のことです。
*3:
*4:『地下室の手記』『おかしな人間の夢』だけはずいぶん前に読んだ。
*5:
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