日記5:酔え

ボードレールがなんでもいいから酔えと言っていたのを普段からちょくちょく自分に言い聞かせていた甲斐あって、目が覚めてからも一向に目が覚めないハイな状態が続いている。そのせいで鏡も見ないまま外に飛び出してしまった。外に出ると人間がみんな猿かマネキンに見えて居たたまれなくなったから下を向いたまま歩いていたら猿とマネキンの二人組にぶつかった。そいつらが気色悪い笑顔で「神を信じますか」などと聞いてきたから「お前が神だよ」と言って猿の方をぶん殴った。そっちの方が形が汚かったからだ。久しぶりに一日一善という言葉を思い出した。今日はいい日だなあと思ってニコニコしていたら、隣にいたマネキンが顔を横に広げながら文句を言ってきた。ああこっちが神だったかと思って一応非礼を詫びたが言うことは言ってやった。「あんたの趣味はひどすぎる」。人間が生きて死ぬということをどう考えているのか問い質したい気持ちがないわけではなかったが、人間なんかがぼくになんの関係があるのか分からなくなってきたので、その辺で切り上げることにした。それにその時は正直それどころではなかった。酸素がものすごく美味しかったし、太陽がポカポカと照らしていて自分の身体が原子炉かなにかかと思ったくらいにエネルギーが湧き上がってきた。それでもう何もかもが溢れかえる寸前みたいな感覚になってああもう無理だと思った瞬間に永劫不変の真理が頭の中に閃いた。猿はマネキンの養分であり、マネキンはネオンの養分であり、つまり神はネオンの光であった。そう思うと居ても立っても居られなくなり、近くにあるギラギラした光を破壊し始めたところを猿の集団に咎められて、猿山に連行された。ボス猿がなにやら大声を出して威嚇してきたがぼくは冷静に「神の許可は取ったのか」と、それだけを言い放って猿どもの反応を見た。やつらは自分がどうしてそこにいるのか分かっていないどころか今からなにをやろうとしてるのかすら分かっていないようだったので「神だったらさっきの通りにいたから、まず会ってきなさい。きみたちの将来にも関わってくる話だ」と言って20時間ほどじっとしていたら、ようやく神と話がついたのか外から来た猿が仲間とコソコソ話し出して、ぼくは解放された。そして家に帰るとなぜか鍵が閉まっていてそのことに気づくまでしばらくガチャガチャとドアノブとよろしくやっていたら知らないおばさんが怪訝な顔をして出てきた。おばさん?何者だろうと思ったけど、マネキンでないのは明白なので「あ、猿でしょうか?」と一応下手に出てみたところ、みるみる顔が赤くなってきた。どうやら正解だったらしい。なぜうちに猿がいるのかと不思議に思っていると、おばさんは何か猿の使う言葉でバーっとまくし立ててから、いきなりドアを閉めた。どうしようもねえなと思って隣の家に事情を説明して入れてもらうことにした。それでドアを叩いたけど反応がない。死んでいるのか?と思って試しに開けてみたら開いたのでこれは誘ってやがると思ってのこのこ入っていったら自分の家かと思うほど見慣れた光景が広がっていた。さっきの失敗があるので、一応「ここはどこですか?」と聞いてみたら「おまえの家だよ」という声が脳に直接響いた。反論するやつが誰もいないのは見ればわかるので、ようやく安心して腰を下ろすことができた。なんだかすごく疲れた気がして大きなため息をついたら、動けと念じたわけでもないのに手がモゾモゾと動き始めた。こいつもついに自我を持ったぞ!と歓喜して、自分の身体から生えている二つの手が勝手に動くのを愛すべき我が子のように観察した。手の動きが止まって目を上げると、これだけの文字が打ち込まれていた。最高に破滅的な一日だった。