個人日誌2021/01/25

現代詩手帖2021年1月号*1を読んだ。実はこれまで現代詩手帖をまともに読んだことがなかった。かなり昔の号を古書で手に入れて加藤郁乎のところだけ拾って読むとか、気まぐれで買ってぱっと見で興味が持てない記事を飛ばしたりしていた。

まあでも今月から投稿も始めたしということでちゃんと読んでみたわけだけど、普通におもしろかった。いろいろと気になる作品を発見できた。

豊崎由美広瀬大志が対談している記事でいくつかの詩に言及されていた。その中にふたつ気になるのがあった。

ひとつは柳本々々さんの「幽霊の主語はわたし」。

「家にいて、家にいてね」
テレビの声がして、わたしは
へんだなあ、と
テーブルや椅子の硬さを確認したりして、
ねえなんかへん、
とわざわざ言ったりしてる、
じぶんの暮らしとかたましいみたいのが
なんかへん

冒頭を引用した。ここだけでもわかる通りこの詩ではコロナで一変した生活が語られている。直接的に世の中のことが書かれていると作者のイデオロギーが鬱陶しく感じられて好きじゃないんだけど、これはその嫌な感じがなかった。文体が自然なんだと思う。日常言語を使っているということではなくて、作者本人から自然に出てきている感じがするということだ。社会派も鬱陶しいんだけど、「こうやって目線を下げてやれば鬱陶しくないよね?」みたいなのが透けて見えるのもそれはそれで読む気をなくす。読者に対する目配りが過剰でめんどくさいというか。たぶんここらへんは作者の力量がはっきり出るところだと思う。ひとことで言うとあざといということなんだけど、柳本さんのこの詩においてはそれを感じない。

本誌でも部分的にしか引用されてなかったのが残念だ。2020年6月号からの引用ということなので、まだ詩集にはまとめられていないのだろうけど、詩集が出たらチェックしたい。ちなみに名前は「やなぎもともともと」と読むらしい。名前が苗字から独立できないじゃんと思った。

もうひとつは橋上さんの「男はみんな川崎生まれ」。

アンタ男? 男なのか? どうなの? 言わないってことは男だな。よし、アンタ男ね。男か。死ね。男なんだろ。死ね。死ねよ。死ねよ男。死ねぇ。男なら死ねよ。早く死ねよ。とにかく死ね。いますぐ死ね。もうみんな迷惑してんだよ男には。みんなって誰? って男以外のすべてだよ。みんなってのは男以外のすべてのことさすんだよ。そんなこともわかんねぇの? お前ホント男だな。男のみんなの意見も聞け? ねぇんだよ。男にはみんなとか。みんななんて男には勿体ねぇ。(中略)命の産みの親は女。戦争の産みの親は男。男いなくなりゃ戦争は終わるんだよ。死ね。戦争終わらすために死んでくれ。戦争で人死ぬ前に男が死ね。戦争で人が死ぬのは許されない。戦争始めないために男が死ぬのは反戦運動。平和のために死ね。死んで初めて役に立つんだよ。

 言ってることがめちゃくちゃすぎて笑ってしまった。めちゃくちゃだけど気持ちはわかる。これは明らかにフェミニズムに対する開き直りとして書いてるわけだけど、自分ではどうしようもない部分で責め立てられたら開き直るしかない。フェミニズムって普通に差別なんだよな。正義の味方は差別しちゃだめだろ。私が嫌いだから嫌いって言えよと思う。でももしかしたら過去に遡ればそうではなかったかもしれない。というか少なくとも伊藤野枝はそうではなかった。いまも本当は違うのかもしれないが、ついったーでたまに流れてくるのを目にするくらいの環境だと、フェミニストは「男」を攻撃することが正しいことだと思っていて、でもその憎むべき「男」は身体を持っていないから「男」という属性を持っている個人に対して無差別に敵意を剥き出しにしているように見える。でもそれはどうすることもできないんだよな。上で「気持ちはわかる」って書いたのもこの「どうすることもできない」気持ちについてだった。誤解が元でクラス中から嫌われたりしてもこういう気持ちになるだろう。ジェンダー云々ではなくて、この開き直るしかない気持ちをこんなに印象的な形で表現している、というのがよかった。この詩は2020年11月号からの引用でこっちも全文は載っていない。

 

他に気になったのもメモっておきたいけど長くなってきたからとりあえず箇条書きで残しておく。

  • 鴇田智哉『エレメンツ』*2
  • 鷹場狩行<胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋>
  • 北爪満喜『Bridge』*3

  • 蜂飼耳「北斗七星」
  • 三角みづ紀「むくい」
  • 水沢なお「ハヌカ
  • 尾久守侑「裏声の星」
  • 張文經「いて」
  • 松尾真由美『多重露光*4

こうしてみるといま活動している詩人をぜんぜん知らない。箇条書きにした中で元々知っていたのなんか三人だけだった。

尾久守侑さんが特に気になる。詩集もいくつか出ているのでそのうち入手したいと思う。尾久さんは第9回エルスール財団新人賞というのを受賞したらしい。エルスール財団新人賞なんて聞いたこともなかった。詩の賞ってなんでこんなに影が薄いんだ?

あと今号から俳句時評の連載が始まったようでうれしい。上に挙げた鷹場狩行の句は鴇田智哉の<海胆のゐる部屋に時計が鳴る仕掛>という句の異様さを説明するために比較対象として使われていた。狩行と鴇田とで密室の捉え方が違うということらしいが、どっちも気に入った。鴇田の他の句が気になる。

*1:

現代詩手帖2021年1月号[雑誌]

現代詩手帖2021年1月号[雑誌]

  • 発売日: 2020/12/28
  • メディア: 雑誌
 

*2:

エレメンツ

エレメンツ

 

*3:

Bridge

Bridge

  • 作者:北爪 満喜
  • 発売日: 2020/10/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

*4:

多重露光

多重露光