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いま振り返る5名の偉人さん

 ぼくの価値観をぐにゃりと異次元形にねじ曲げてしまった偉人さんの紹介です。

一人目 小川洋子さん

 二十代前半の前半くらいのときでした。その頃のぼくは就職した会社を辞めて、アルバイトを始めていました。この先の未来になんの希望も展望もありませんでした。いま考えても珍しいくらい何もないからっぽな時期でした。そんな中バイト帰りの新宿駅で何気なく手に取った『薬指の標本』を読んで文学を初めて知った気がしました。抜け殻のぼくに再び読書を与えてくれたという意味でぼくの読書生活のなかの最高の偉人と言えるでしょう。

二人目 二階堂奥歯さん

 二十代のまだギリギリ前半の頃でした。事情により一度実家へ戻り、躁鬱病社会不安障害の診断を下され、また上京したちょうどその頃です。桜庭一樹さんの読書日記『少年になり、本を買うのだ』で見たのが出会いでした。その本ももう手元にないしどう書かれていたのか覚えてもいないけれど、読みたいと思ったのは「二階堂奥歯」が既に完遂した自殺者だったというのが最大のきっかけだった気がします。ぼくは高野悦子の『二十歳の原点ノート』『二十歳の原点序章』『二十歳の原点』や南条あやの『卒業式まで死にません』や山田花子の『自殺直前日記』をすでに読んでいて、自殺者の残した日記はたとえ素人だとしても文学であると認識していたため、これも読まなくてはいけないと感じたようです。自殺に成功した人間は年齢に関わらずぼくにとっては一段上の世界の住人なのでした。

 死後に出版された彼女の唯一の著書『八本脚の蝶』は、読もうと思った時すでに絶版になっていて本として手にすることはできませんでした*1。ただ、ありがたいことにネット上に彼女の文章は全文残されていて、ぼくの価値観をぐにゃりと曲げることを彼女は避けることができませんでした。

 彼女のおかげで出会えた本がたくさんあり、その影響は計り知れません。

三人目 山尾悠子さん

 奥歯さんの日記で出会いました。編集者であった奥歯さんが熱烈に掛け合って出来た本が『山尾悠子作品集成』だということでしたが、その文章は膨らみ過ぎた期待を毫も裏切ることなく、ぼくがそれ以前に触れた日本語を超越していました。日本語を母語として育って良かったと思ったはじめての瞬間でした(それまで母語意識などまったくなかった)。仮にぼくが日本語の一切を失うことになった場合、最も恋しがるのは山尾悠子さんの文章であることは疑いようがありません。

四人目 加藤郁乎さん

 偉大なる詩人。この人も奥歯さんの日記で知りました。彼女が『えくとぷらすま』所収の句「遺書にして艶文、王位継承その他なし」を座右の銘にすると書いていて気にはなっていたのですが、当時はいまにも増して俳句に馴染みがなかったために軽々しく手を出すことができませんでした。やっとのことで彼を体験したのはついこのあいだです。五月の終わり。代表作を収録した『加藤郁乎詩集 (現代詩文庫 45)』にて彼の日本語に触れました。

 それはあまりに見事な犯行でした。彼はぼくのみすぼらしい言語感覚を鮮やかに破壊していきました。それはもう気持ちのよいほどに。彼はまさに「言葉の殺戮者(テロリスト)」でした。

五人目 ニーチェ

 そして今。あまりにも有名な哲学者であるニーチェは現在進行形で、ぼくの価値観をねじ曲げています。彼の大胆なる価値の転覆は、ぼくの弱さをもひっくり返す力があるだろうと期待しています。見せかけの価値観に服従する奴隷ではなく、善悪などという偽りの価値が跡形もなく消滅した永劫回帰の地平を、自分自身にのみ根拠を持つ価値観によって力強く歩めたらという願いは、自殺を棚上げにする根拠となっているほどです。

 もちろんやがてニーチェをも克服しなければならないことをその思想は暗示しているのですが、いまは補助輪として彼の言葉が必要なのです。いつか支えがなくてもバランスがとれるようになるのでしょう。

雑感

 他にも谷崎潤一郎、内田百閒、尾崎翠江戸川乱歩と定期的に全集が欲しくなるくらいに好きな人たちはいるのですが、いまのところ異次元から手が伸びてきたと感じたのは上記の五名だけです。日本で一番美しい物語は『春琴抄』なのかなと勝手に思っておりますが、それはまた別の話。泉鏡花の『春昼・春昼後刻』を日本で一番美しいとする人を見たので、いずれ読みたいと思っています。

 ニーチェを除けば見事に日本人ばかり並んでいるけれど、明確に日本の文学を意識しはじめたのは山尾悠子さんに出会ってからです。彼女の作風が純和風かといったら決してそうではない(むしろ正反対の趣さえある)のだけれど、でも他国語に翻訳されたら味わえないだろうと思える日本語の滋味が全体に横溢していて、ぼくはそこに日本語の果てしなき魅力を感じるのです。将来は京都に住みたいと思っているのも、明らかに彼女のイメージにつられてのことでした。「月蝕」*2はハッキリと京都を舞台にしていて、彼女の作品にしては軽いタッチのものだけど思い入れがあります。

*1:今年復刊されましたがその前になんとか手に入れていました。復刊前ですので値段が高騰していてAmazonマーケットプレイスで一万円くらいでした。

*2:山尾悠子作品集成』所収