クローゼットダーリン

 クローゼットに彼氏を入れていけないという決まりはないので、とりあえず入れておく。翌日、洋服を選ぼうとするとそこに彼氏がいて、だけど今日はそういう気分じゃないから一人で出かけることにする。みたいな人が意外と居るのが上流社会なわけですが、土台はすべてmoneyでしょうね。円だかドルだかユーロだか知らないけれど、金銭がいくらあろうと自分で何かしないと退屈なものは退屈だろうと思います。だからクローゼットに入れる彼氏も一人じゃ全然足りなくて、天才子役から元首相まであらゆる彼氏を揃えておかなくてはいけない。という母親の差し金があってクローゼットがいっぱいになっている年頃の娘が「どうしてあたしの部屋に知らない男をこんなにたくさんいれてなきゃいけないわけ!?」とついに当然すぎる反抗を見せ、そこで遅ればせながら娘の部屋に男がたくさん潜んでいることを知った父親が激怒して街に放たれた野良彼氏の群れが行き場をなくしてうろついているのを不審者として通報されてしまったのだけど、そこは世間の目を異常に気にする母親の選んだ男だけあって、容姿も能力も家柄も人並み以上どころではない彼ら。なんだかんだで安定した生活を取り戻したかと思えば、オリンピックに出る者、長者番付に載る者、ノーベル賞を取る者などなどそれぞれが一定以上の成功を収めていた。

 一方あれ以来家出をしていた娘は、友人の家を転々としていた。親がただならない金持ちだけあって子供のうちからとんでもない残高の銀行口座を自分用として与えられ、自由に使っていいことになっていたのだが、一人でホテルに泊まってるよりも友人と遊び歩きたいというのが若者の素直な気持ちなのであって、親の監視の目も金銭の不自由もない彼女にしたら当然の選択だった。ただし泊まらせる側の娘はそのどちらもあったので毎日彼女に付き合うというわけにはいかなかった。そんなわけで「あたしはみんなとは違うんだ」という一抹の寂しさを感じずにはいられず、それをごまかすように過去のクローゼット彼氏たちを憎んでいるうちに立派な男嫌いに育っており、テレビやインターネットなどで彼らの姿、彼らの名前を目にするたびに生理的嫌悪感を催している。

 そんなある日やっとのことで娘の居場所を突き止めた母親が、今一番世間的に輝いている元クローゼット彼氏のサッカー選手を連れて、彼女が泊まっている友人の家に乗り込んできた。「栄ちゃん、ママよ! 栄ちゃんにぴったりの彼氏連れてきたわよ!」などと大声を上げる母親の声とドアを乱暴に開ける音が聞こえる。

「栄子、お母さん来ちゃったよ、どうする?」「とりあえずクローゼットしかないでしょ」

 娘はクローゼットに入りながら友人までそこに引っ張り込んだ。クローゼットの中にいても「栄ちゃん、ママよー! 出てきてちょうだい!」などと聞こえてきて、恥ずかしいのと友人に申し訳ないのと母親への反発心とが狭いクローゼット内の息苦しさと混ざり合って、ある気持ちが芽生えた。男なんかより女の子のほうがいいに決まってる。

「桜子、あたしをクローゼットで飼って」