金子千佳『遅刻者』
金子千佳『遅刻者』*1を読んだ。
二階堂奥歯がかなり好意的に書いていたので、内実もよく知らずに過剰な期待をもって読んだのだけれど、率直に言ってよくわからなかった。ただ一遍、「遅刻届」、これは二階堂奥歯が引用していた詩でもあるのだけれど、これだけは連れて行かれるような心地よさがあった。終盤に良さが際立っているので引用する。最後二行の美しさはめったに見れるものではない。
あなたへとほどけ とかれてゆく
いきをひそめて
やがて再び語られてゆくあなたのことば
記されてゆくことばとともに
立ち現れるわたしのかずかず
いくにんものわたしが
踏み迷い
探し出されてゆくだろう
あなたの場所
あなたの言葉のなかに——
こくなってゆく
このわたしたちの時刻
カノンが聞こえる。
パッヘルベル
もう、帰れない
帰れなかった
だれも
だれひとり
ここで。
うすらいでゆく影を片足ずつはずし
あなたへの遅刻届を
いつまでもしたためている。
(「遅刻届」/『遅刻者』/金子千佳/思潮社/1987.11.7)
いるはずのない「あなた」に向けて、絶対に届かないことを知りながらしたためられる遅刻届のなんとうつくしいこと!
ここでしたためている「わたし」はあえて書くなら「存在者」であって、存在するものはやがて死を経て「あなた(=不在者)」に追いつくことができる*2。存在とはつねに不在に遅刻している状態なのである。そういう風に読めた。