260 バニシング・ポイント 4Kリマスター版

『バニシング・ポイント』*1は、権力への反抗と現実に敗北する者たちを感傷的に描いた多くのアメリカン・ニューシネマ*2とは一線を画し、作品全体の乾き切った精神性に加え、遡行と跳躍によって非直線的に描かれる【時間】という概念の表現を革新、かつてない高みに達した鮮烈・孤高の雄篇だ。現実に対する底知れぬ虚無と諦念を抱え、速度の限界に挑むコワルスキーの姿は、観る者をスピードの陶酔と快楽の果て、時空も生死も超越した無限の境地へと誘っていく。

映画『バニシング・ポイント 4Kデジタルリマスター版』公式サイト

この走りっぱなしの映画の中でDJ初登場シーンは異様だった。背筋を伸ばして犬を散歩させている謎の人物を街の人々が見守る。この謎の人物がラジオDJだったことは後で分かることになるが、DJも喋り始めると黒人のビートを感じる心から炸裂するような激しいトークを展開する。全編通してゆったりした映像はあそこだけだったと思う。あえて意図的に時間を間延びさせることで、その後のスピード感をより魅力的なものにさせている。

コワルスキーの魅力的な点は、彼に踊らされる人々を一顧だにしないところだ。たくさんの人に注目されていることを知りながら、あえて悪人にも善人にもならず、一個人としての生を全うしていた。走り屋に絡まれても、自身の趣味として相手を走り負かし、強盗に襲われても、意図せず有名人になってしまったことも顧みず乱暴に追い払う。全裸の女に誘われてもタバコを一箱もらっただけだ。彼は最後まで彼自身だった。強いてそうしているというよりも、そういう形でしか存在できないというのがグッと来た。そもそも仕事としてはそんなに飛ばす必要もなかった。彼がそうでしか満たされない人間であったからそうするしかなかったのだ。

ちょうどいま読んでいる本に以下の文章がある。

では、人生の意味が死のうちにあることを、それがひたすら死のうちにのみあることを、あなたはまだわかっていないのですか? ひたすら死を望む者だけが、この世にあるうちからすでに死んだ気持になっている者だけが、人生を楽しんでいるのです、その味を味わっているのです、その意味を知っているのです!

ジョヴァンニ・パピーニ「精神の死」『逃げてゆく鏡(バベルの図書館 30)』*3

動物と人間を精神において区別しようとするなら、まさにこれをおいて他にはないのではないかと思う。生と死を克服することができるのは人間だけだ。

最後、消失点に向かう彼の表情を微笑ませたことで、彼の人間性は完璧に表現された。そうでしか在れない人間が当然の帰結として破滅に至ったとしても、それは決して悲しいことではない。悲しいのは人間存在そのものだ。作品としてだけでなく、コワルスキーという人物にとっても最良のエンディングだったと思う。とても良い映画だった。

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*1:『バニシング・ポイント』(Vanishing Point)は、1971年製作のアメリカ映画。リチャード・C・サラフィアン監督によるロードムービー、カーアクション映画である。
バニシング・ポイント (映画) - Wikipedia

*2:アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半から1970年代半ばにかけてアメリカでベトナム戦争に邁進する政治に対する、特に戦争に兵士として送られる若者層を中心とした反体制的な人間の心情を綴った映画作品群、およびその反戦ムーブメントである。
アメリカン・ニューシネマ - Wikipedia

*3: