ルーヴル美術館展 愛を描く

# 作品

40 マリアーノ・ロッシ『聖アガタの殉教』(1785-86年頃)

画面中央の上半身を裸にされている女が聖アガタ。キリストに身を捧げ、異教の神に従うことを拒んだために、乳房をひきちぎられたという伝承があり、その準備をしている場面が描かれている。アガタの頭上から近づく天使の手にはシュロの枝が握られているが、シュロの枝は殉教者の象徴であり、死に対する信仰の勝利を示している。

周囲の女が目を逸らしたり悲痛な面持ちをしている中、犬がなにもわからずにちょこんと座っているのが、むしろ重要のように思われる。この場面が残酷なのは人間の尺度で考えるからそう思われるのであって、天使たちにとっては勝利であり聖アガタが肉体つまり現世との軛を克服して列聖された祝福の場面である。

上部中央の天使と下部中央の犬、そして画面中央で異常に白い肌を見せている聖アガタ。この天と地を結ぶラインだけが人間の蒙昧さから解き放たれているように見える。

43 ピーテル・コルネリスゾーン・ファン・スリンヘラント『悔悛するマグダラのマリア』(1657)

髑髏、砂時計が現世のはかなさを象徴していて、開かれた書物はマグダラのマリアに聖書の知識があることを暗示している。

これはどこなんだろう。一見部屋のようにも見えるけど、普通に木が生えている。それがデペイズマンのような働きをしていて、マグダラのマリアを描くために象徴を集めただけのシンプルな絵にしては思いのほか時間をかけて眺めてしまった。

51 サミュエル・ファン・ホーホストラーテン『部屋履き』(1655-62年頃)

ホーホストラーテンはレンブラントに弟子入りして風俗画、肖像画、宗教画などを手掛けた。一方で理論家でもあり、オランダ画派についての基本資料『絵画芸術の高き学び舎への手引き』を執筆している。

17世紀当時、こういう謎解きみたいな絵は珍しかったんじゃないだろうか。今回の展示の中でも他の絵画と一線を画す異様な雰囲気で飾られていた。作者が理論家だからこういう頭を使わせるような絵の作り方をしたかったんだろうなというのは妙に納得できた。間接的な物証だけで表現することで、各アイテムの重要度が増している。直接主題を描く以外にも方法はあるんですよ、とドヤるホーホストラーテンの得意顔が目に浮かぶようだ。

こういうテイストで、意味がありそうなんだけどどれだけ解釈しても意味を持ち得ない絵みたいなのも描いてくれたらもっと良かったかもしれない。

53 ニコラ・ランクレ『鳥籠』(1735年頃)

若い女性が鳥籠を持つことが、恋のとりことなる幸福の寓意を示していると解説にあって、その意味の転移は面白いなと思った。図録によると、鳥はそもそも性的な意味に用いられることが多かったらしい。たとえば、鳥の飛翔は失恋を表し、鳥の死は処女喪失を表すといった具合に。

65 ジャン=バティスト・グルーズ『アモルに導かれる「無垢」』または『ヒュメナイオスの勝利』(1786頃)

「無垢」と「理性」の擬人化がその他の象徴と相まって成功している。「理性」的な建築様式から「無垢」を連れ出そうとするアモルたちが、愛の象徴である薔薇の花で道を示し、未知の冒険へとそそのかす。画面右端に描かれる女性の手から飛び立つ鳩がこれを反復している(すぐ上に飛び立つ鳥は失恋を表すと書いたばかりだが、この鳩が失恋を表現しているとは解釈しづらい)。

グルーズは『壊れた甕』が有名で、それも象徴をうまく使った作品だった。今回の『アモルに導かれる「無垢」』にしてもそうで、お手本のようにきれいな使われ方をしている。

とはいえ、この絵の良さはなによりアモルたちの全身で表現している陽気さや落ち着きのなさであり、彼らによって画面全体に充溢する躍動感がこの絵の最大の魅力だと思う。

67 フランソワ・ジェラール『アモルとプシュケ』、または『アモルの最初のキスを受けるプシュケ』(1798)

プシュケはギリシャ語で「魂」と「蝶」の意味を持つ。蝶は多くの文化圏で、魂の化身と見なされてきた。アモルとプシュケの恋は、「愛が魂に触れた」ことの暗喩。

71 テオドール・シャセリオー「ロミオとジュリエット」(1850頃)

シャセリオーは若くしてアングルのアトリエに入門したが、イタリアから戻って以降、アングルと決別。ドラクロワの豊かな色使いに関心を示した。エスキースだからということなのかもしれないが、この印象主義的なぼやけたタッチが良かった。

73 ウジェーヌ・ドラクロワ『アビドスの花嫁』(1852-53年頃)

ドラクロワはバイロンの著作に心酔していて、この作品の主題もバイロンの詩「アビドスの花嫁」(第2歌、第23節)からとられている。

# 構成

プロローグ「愛の発明」(cat. 1-3)
第1章「愛の神のもとに─古代神話における欲望を描く」(cat. 4-32)*1
第2章「キリスト教の神のもとに」(cat. 33-44)
第3章「人間のもとに─誘惑の時代」(cat. 45-66)
第4章「19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」(cat. 67-74)

# 概要

【東京展】
会期:2023年3月1日ー6月12日(月)
会場:国立新美術館

【京都展】
会期:2023年6月27日-9月24日
会場:京都市京セラ美術館

公式:【公式】ルーヴル美術館展 愛を描く|日本テレビ

*1:cat.23の作品は出品なし。図録にのみ掲載。